あの人に会いたい

藤森二郎 ビゴ東京

パンをおいしく食べる、その方法を伝えるのが僕の役目なんですよ

5店舗を構えるオーナーシェフとなった今も、毎朝5時に出勤して厨房に立つ。
「食の世界は温故知新」と語る藤森さんに、食への思いをうかがった。

 

 

 

 

喜ぶ顔を思い描くと頑張ろうと思えますよね
それが僕の原点
Profile
ふじもり・じろう/ 1956 年東京生まれ。`89年に独立を許され、鷺沼に「ビゴの店」をオープン。現在は鷺沼店のほか、自由が丘「エスプリ・ド・ビゴ」、港南台高島屋「トントン・ビゴ」、玉川高島屋「オ・プティ・フリアンディーズ」、鎌倉「モン・ペシェ・ミニョン」、5店舗のオーナーシェフ。





フランスパンしか置かない店
「最初は焼くのが追いつかないほど売れたんです。でも、2週間くらいでガクンと売り上げが落ち、売れない日が続きました」

1984年、藤森さんが「ドゥースフランス」(「ビゴの店」東京1号店)のシェフ兼店長を任されたときの話だ。銀座デパート戦争の先陣を切って開店した「プランタン銀座」の中だったこともあり、最初は物見遊山の客が買ってくれた。しかし、当時パンといえば、あんパンなどの菓子パンやカレーパンなどの調理パン、食パンが主流。フランスパンしか置かない店からは、どんどん客足が遠のいていった。
「でも、僕はフランスパンしか置かなかった。菓子パンもカヌレとかクイニーアマンとか、フランス伝統のものばかりです。その代わりプライスカードに、例えば黒パンなら『かきと合います』といった具合に、そのパンと合う食べ方を書いたんです」

やがて、「こだわりのフランスパンの店」という評判が定着し、事業は軌道にのった。のれん分けを許され、「ビゴの店」鷺沼店を開いて独立したのが1989年。2006年には、フランスの食文化を伝えてきたことが評価され、フランス政府から農事功労章(シュヴァリエ)を受章。日本人ブーランジェ(パン職人)としては初の快挙だった。

ビゴさんとの出会い
藤森さんがこの世界に足を踏み入れたきっかけは、高校時代にカナダにホームステイしたこと。「週末になると、その家のお父さんが腕まくりをして台所に立つんですよ。体育の教師らしい鍛えた丸太ん棒みたいな腕で、マフィンやクッキーを焼き、お茶を入れて家族で食卓を囲む。その姿がかっこよかったんです」滞在中に手ほどきを受け、帰国後にさっそく実践。休日にパンやお菓子を焼いては、学校へ持っていくようになった。「廊下に机を出してパンやお菓子を並べると、女の子がわっと集まる。すごくモテました(笑)」

褒められると俄然やる気になるもの。すごい、おいしいと賞賛を浴びて腕を磨き、大学卒業後は、横浜の洋菓子店に勤務。3年間パティシエとして働き、本場のフランス人から学びたいと感じ始めていたころのこと。「NHKの『きょうの料理』という番組でビゴさんがメレンゲを使ったお菓子を焼いていたのを見たんです。フランス伝統の、地に足がついたお菓子。こういうのがいいなと思って、神戸の『ビゴの店』を訪ねて、なかばむりやり弟子入りしました」

藤森さんの師、フランス人ブーランジェのフィリップ・ビゴ氏は、1966年にオープンした青山「ドンク」で陣頭指揮をとり、フランスパンブームの火つけ役となった人物。ビゴ氏の焼く本場のフランスパンはパリッと焼けた皮が香ばしく、中身はしっとりとやわらかい。

「ビゴさんはね、直接は教えてくれないんです。ビゴさんの真似ができればそれが修業。毎日気温も湿度も違うから、水加減、発酵の度合いはどうか、生地と会話しながら見極めないといけないのですが、ビゴさんは生地が今どういう状態なのかピタリとわかる。『まあいいか』は通用しないんです。そういう感性は言葉では伝えられませんよね」
頑固だし、わがまま。人柄ごと惚れこむぐらいでないとビゴさんのもとでは働けません、と目を細めて言う藤森さんの口調は、親を慕う子のように温かく優しかった。

オーブンから出したとき、うまく焼けたパンからはパチパチパチと音がする。「パンが拍手してくれるんですよ」

食文化を伝えていきたい
パン作りの技術だけでなく、ビゴ氏に連れられて毎年のようにフランスへ行った経験も、藤森さんの大きな血肉となった。「レストランやワイナリー、チーズ工房などに行って、こう食べるんだ、こう作るんだというのを実地で見せてもらいました」
メニューの見方、ワインの選び方、サン・ネクテール(オーヴェルニュ地方のチーズ)と一緒に食べるのはレーズンやくるみが入ったパンのほうがおいしいこと、そんな食のありようを体験的に学んでいったという。
「ビゴさんは日本人に本物のフランスパンのおいしさを教えてくれた人。それに続く僕の役目は、おいしく食べてもらえる方法を伝えていくことだと思っています。食の世界は〝温故知新〞。目新しいことをやるのではなく、伝統の中に新しさを発見していく。だから僕の店は生ハムやチーズ、スプレッドなど、パンと相性のいい食材を置いて、好きに選んでいただけるようにしているんです。相性がいい食材とパンが出合うと、それはそれはおいしいんですから(笑)」

* 2018年9月17日、フィリップ・ビゴ氏が逝去されました。この取材はその3週間前に行われたものです。謹んで哀悼の意を表します。

 

「ビゴの店」鷺沼(東京本店)
神奈川県川崎市宮前区小台1-17-4
東急田園都市線鷺沼駅徒歩3 分 7:00~19:00(月曜休)
TEL:044-856-7800
http://bigot-tokyo.co.jp
※外部のウェブサイトにつながります
撮影/ノザワヒロミチ 文/長井亜弓

※当ページのコンテンツは、ベターホームのお料理教室の受講生の方のための会報誌「Betterhome Journal」2018年11月号掲載の内容を、Web記事として再掲したものです。

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「月刊ベターホーム」が 2018年11月号より、 ベターホームのお料理教室の受講生向け会報誌にリニューアル︕ 「おいしいって、しあわせなこと。」をキャッチフレーズに、 料理レシピや食についての情報を掲載しています。

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